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2026年の説教




No.920 - 1月4日: 「主の来臨の輝きと救い」 テサロニケ第2の手紙2章8節〜17節


(みことば)「その時になると、不法の者が現れますが、主イエスは彼を御 口の息をもって殺し、来臨の輝きをもって滅ぼされます。」 テサロニケ第2の手紙2章8節

 世の終わりに、背教の中で「不法の者」或いは「滅びの子」が現れる。彼 は、黙示録に記された「悪魔から権威を授けられた獣」即ち反キリストである。
 「その時になると、不法の者が現れますが…」しかし「今はその者を引き 止めているものがある…」即ち、それは、教会に与えられた聖霊の働きと力 によるのであり、教会が存在する間、邪悪な独裁者の台頭が抑えられている。



新年特別号 - 1月1日: 「創造者である神を思う」 伝道者の書3章11節


(みことば)「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、・・・までを見極めることができない。」 伝道者の書3章11節

 人の持つ人生観は、様々であるが、神を信じる者は、この世界や人生に神 の支配や摂理を認める。だが、神を信じない人は、それを偶然の結果と考える。
 「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」この御言葉には、神の支配や摂理が良く現わされている。もし、神の支配を否定するなら、この世界は、偶然の結果であり、人生に意味などはなく、虚無的な生き方になる。



No.919 - 12月28日: 「不法の者の到来」 テサロニケ第2の手紙2章1節〜7節


(みことば)「不法の者がその定められた時に現れるようにと、今はその者 を引き止めているものがあることを、あなたがたは知っています。」 テサロニケ第2の手紙2章6節

 テサロニケの手紙のテーマの一つは、「世の終わり」即ち「終末に起こる 出来事」に関してであるが、特にそれは「主の再臨」に関連した事柄である。
 「さて兄弟たち。…キリストの来臨と…集められることに関して…」パウロ は、「主の再臨」と「聖徒達が集められる」事に関して、既に、前回の手紙で 述べた。その時、聖徒達は、「…引き上げられ、空中で主と会う」(4:17)事になる。



No.918 - 12月21日: 「救い主の誕生と栄光」 ルカの福音書2章1節〜20節


(みことば)「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれに なりました。この方こそ主キリストです。」 ルカの福音書2章11節

 ルカの福音書は、キリストの誕生を記す唯一の書簡であるが、著者は、キ リストの誕生を「この世の王と神の国の王」との対比の中で、それを語る。
 キリストの誕生の際、世界の支配者は、皇帝アウグストゥスであった。彼 の名は、オクタヴィアヌスだが、アクグストゥスは、元老院から受けた初代 ローマ皇帝の称号である。キリストとは、救い主の称号で、イエスと呼ばれた。



No.917 - 12月14日: 「神の審判と聖徒の証し」 テサロニケ第2の手紙1章8節〜12節


(みことば)「主は、神を知らない人々や、私たちの主イエスの福音に従わ ない人々に罰を与えられます。」 テサロニケ第2の手紙1章8節

 キリスト者が苦難の中でも忍耐して信仰を保つ事が出来るのは、神の正し い裁きがあり、やがて、キリストが天から現れる事を知っているからである。
 冒頭の御言葉は、「神の正しさ」が全ての人に証明される「神の審判」の 時に実現する。それは、世の人にとって聴き辛い、或いは、聞きたくないと 思える言葉であるが、それは神の義に基づく、神のご計画による定めである。



No.916 - 12月7日: 「神の正当な裁きと報い」 テサロニケ第2の手紙1章1節〜7節


(みことば)「神にとって正しいこととは、あなたがたを苦しめる者には、 報いとして苦しみを与え…あなたがたに…安息を与えることです。」 テサロニケ第2の手紙1章6,7節

 パウロは、テサロニケ第1の手紙に続き、「パウロ、シルワノ、テモテ」の3 人から教会に宛てて第2の手紙を書き送るが、それは、ユダヤ人の迫害によ って離れざるを得なかったテサロニケの聖徒の信仰を励ますためであった。
 パウロは、テモテから「苦難の中で堅く信仰つ」彼らの信仰を聞いて、「恵み と平安が…あるように」と祈り、再度、苦難の中にある者を励まし、気落ちした 者を慰め、怠惰な者を戒め、終わりの日に来る不法な者に備える様に勧める。